こんにちは!

当記事では、大人気レストラン『サイゼリヤ』にも飾ってある

あの有名な「天使の絵」についてご紹介します。

この絵について既に知ってらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、

改めて当記事を通して頭の中の情報を整理して頂けたらと思います。


1. 『システィーナの聖母』とは

さて、こちらがサイゼリヤに飾ってある絵です!

皆さん何とな~く見たことありますよね??

この絵ですが、実は2人の天使が描かれた絵ではなく、とある有名な絵画の一部なんです。

その有名な絵こそが、盛期ルネサンスの巨匠、ラファエロによる『システィーナの聖母』です。

システィーナの聖母(1512年 - 1513年)

下の方に、先ほどの天使がいるのが見えますよね!

実は、元々は天使の他にも4人の人間が描かれているような大きな絵でした。

ちなみに、サイズは265 cm × 196 cmなので

目の前で鑑賞する際はかなり見上げる必要があるビッグサイズです。

では、この『システィーナの聖母』について詳しくご紹介していきます。


2. ラファエロとユリウス二世

ラファエロ・サンティ(1483年 - 1520年)

この絵は、ラファエロおよそ30歳頃の作品で、1512年から1513年にかけて描かれました。

彼がこの絵を描くきっかけとなったのは、当時のローマ教皇であるユリウス二世

自身の故郷であるピアツェンツァにあるサン・シスト教会に飾る祭壇画として

ラファエロに依頼したことでした。

それゆえに、別名『サン・シストの聖母』と呼ばれることもあります。

アテナイの学堂(1509年 - 1510年)

ちなみに、こちらの有名なフレスコ壁画である『アテナイの学堂』も、

教皇ユリウス二世がラファエロに描かせたものです。

プラトンやアリストテレスをはじめとする古代ギリシアの哲学者が描かれており、

知の巨人たちが一堂に会するという架空上の設定がモチーフになっています。

ユリウス二世(1443年 - 1513年)

さて、『システィーナの聖母』に話を戻しましょう。

『システィーナの聖母』の有名な特徴として、

ラファエロが彼自身で全て描ききった最後の絵であること」が挙げられます。

ラファエロは多くの弟子を抱えていたため、

実は彼の作品の多くは、弟子たちと共に分業体制で描いたものでした。

また、彼は37歳という若さで亡くなったので、30歳前後で描かれたこの作品は

晩年の大作として扱われることも多いです。


3. 登場人物の解説

さて、今度はこの絵の中身を見ていきましょう。

4人の人間と、2人の天使がいるのが分かりますね。

真ん中で幼子を抱いているのが聖母マリア、そしてこの幼子こそがイエス・キリストです。

そして、左脇にいる男性が聖シクストゥス、右脇の女性が聖バルバラです。

ちなみに、2人の天使が描かれていると言いましたが、

よく水色の背景を見てもらうと、たくさんの顔によってその背景が描かれているのがわかります。

(すごく怖いですね・・・)

これらも実は天使ですので、厳密にはこの絵の中には非常に多くの天使が描かれています。

また、マリアと幼子キリスト、2人の天使、聖シクストゥス、聖バルバラの顔を

線でつなぎ合わせると十字架が浮かび上がるのも大きな特徴です。

イエス・キリストと聖母マリアについては皆さん何となくご存知だと思うので、

今回は解説は割愛させて頂きます。

さて、それでは聖シクストゥスと聖バルバラについて、簡単にご紹介します。

聖シクストゥス

聖シクストゥス(? - 258年)

聖シクストゥスは、カトリック教会の聖人であり、そしてローマ教皇でした。

彼の生きていた当時のローマでは、軍のトップとしてローマ皇帝

カトリック教会のトップとしてローマ教皇が存在していました。

しかし、当時のローマ皇帝であるウァレリアヌスはキリスト教を弾圧し、聖職者の迫害を始めます。

そして、当時のローマ教皇であった聖シクストゥスも、迫害によって斬首され、殉教しました

ウァレリアヌスの命令によって殺されてしまった彼ですが、

その後初期ローマ教会で最も崇拝されていた殉教者のうちの一人となりました。

『システィーナの聖母』 の絵の中には、聖シクストゥスの足元には司祭帽が描かれていますね。

聖バルバラ

聖バルバラ( ? - ? )

さて、次は聖バルバラです。

彼女は伝説上の人物ともいわれ、その実在は定かではありません。

彼女は、キリスト教が禁じられていた時代のトルコに生まれました。

そんな彼女は、とても美人で求婚者が絶えなかったことから、父親によって塔に幽閉されてしまいます。

そんな幽閉生活の中、彼女はキリスト教に目覚めました

とはいえ、当時はキリスト教を信仰することは絶対に許されませんでした。

彼女は、なんと父親によって火で体を焼かれる拷問を受けます。

そんな姿を見た神は、彼女に奇跡をもたらして彼女の傷を癒しました。

しかし、彼女を殺すことを諦めなかった父親によって、

最後には首を切り落とされるという悲惨な死を遂げました。

このように、父親から残虐な仕打ちを受けながらも信仰を曲げなかった彼女は、

危急の際に信者がその名を呼ぶことで難を救ってくれる救難聖人として後に崇敬されるようになりました。

『システィーナの聖母』 の絵の中には 、聖バルバラの後ろには彼女が囚われていた塔が描かれているのが分かりますね 。

『システィーナの聖母』が飾られていたサン・シスト教会では

二人は非常に崇拝されていたことから、この絵の登場人物として採用されました。

また、聖シクストゥスは依頼人であるユリウス二世を、

聖バルバラはユリウス二世の姪の姿が模されてあるとも言われています。


4. 最後に

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さて、サイゼリヤの天使について解説しましたがいかがでしたでしょうか。

この天使たちは絵の主役ではないこと、

そして元々は教会に贈られた宗教画であること、など

超有名なサイゼリヤの天使の背景には知られざる事実が存在しました。

次にサイゼリヤに家族やお友達と行かれた際には、この知識をぜひ紹介してあげて下さいね!

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