その名はダリ!シュルレアリストとして挑み、苦しみ、そしてたった一人 ...

サルバドール・ダリは、スペイン・フィゲーラス出身の画家です。

シュルレアリスムの代表的な作家として知られており、またフルネームはカタルーニャ語でサルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネクというとても長い名前を持つ画家として知られています 。

そんなダリは「天才」と自称して憚らず、これまで数々の奇行や逸話が知られています。

今回は、謎に包まれているダリの人生や作品について紹介します!

ダリの生い立ち

1904年にダリは、スペインはカタルーニャ地方にある、フィゲラスという町に生まれました。

父は裕福な公証人であり、母方も裕福な商家の出でユダヤ系の血を引いているといわれています。

ダリは早熟で知的な子どもでしたが、ある時友達を理由もなく橋から突き落とすなど、突発的に異常な行動を起こす情緒不安定で怒りっぽい性格でした。この時から、ダリの奇才ぶりが垣間見えますね。

初めて絵を描いたのは、6歳の時だったと言われています。 ダリは幼い頃より絵画に興味を持ち、ピカソの友人の画家からもその才能を認められていたことから、絵にのめりこむようになったそうです。

そして、1922年、ダリは王立サンフェルナンド美術学校に入学します。

しかし、学校の方針とダリが学びたいと思っているものに乖離があり、入学してすぐ問題を起こしダリは退学処分となってしまったようです。

ここでもダリの奇才ぶりは発揮されていますね!

しかし、ダリはその大学で詩人のフェデリコ・ガルシアや、後にシュルレアリズムを代表する映画『アンダルシアの犬』を共同制作することになる映画監督ルイス・プニュエルと知り合うことになり、ダリにとって重要な出会いがあった場所でもあります。

ダリの作風

絵画 稼ぐ サイト選び ポイント

ダリは、パブロ・ピカソや、トリスタン・ツァラアンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴンらといった、シュルレアリストの中心人物たちと交流を深めていきました。

そのため、ダリは シュルレアリストの代表的画家として道を歩み始めました。

■シュールレアリズムとは?

超現実主義。 20世紀の芸術思潮のひとつ。 1924年にアンドレ・ブルトン(フランスの詩人、1896〜1966)の「シュルレアリスム第一宣言」により「シュルレアリスムとは口頭、記述、その他あらゆる手段で思考の真の過程を表現しようとする純粋な心的オートマティスムである」と定義された運動。

引用元:Weblio辞書

といったような説明がされています。

■ダリが与えた影響

とは言っても分かりにくいので実際の作風を見てみましょう。

《記憶の固執》(1931年)
記憶の固執 (1931年)

では、ダリがシュールレアリズムの世界に与えた影響は何だったのでしょうか?

それは、「偏執狂的批判的方法」というものです。

「偏執狂的批判的方法」 とは、あるイメージをあるイメージに重ね合わせて表現するダブルイメージ手法と言われており、ダリはこの手法の発明者として、シュルレアリスムでは評価されています。

代表作品は1931年8月に完成させた「記憶の固執」という作品です(上記画像)。ここでは、時計とカマンベールチーズを重ね合わせて表現しているそうです。

■ダリのその後

ダリは絵画以外の活動も多彩で、メディア露出をほかのシュルレアリストより重視していました。

さまざまな大衆メディアに頻繁に登場そ、アメリカでは大衆文化のスターとなり『Time』誌の表紙にもなりました。

子供のころからのダリの奇才ぶりも特に注目を集め、作品以上にむしろ奇行のほうが有名になったといっても過言ではないようです。

その後は、商業的な作品や行動、ファシストへの加担をほのめかす政治姿勢に疑問を持った、シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンから反発を受け、グループから除名されることもあったそうです。

おわりに

ダリの変わった人生について、よく知ることが出来たでしょうか。

ダリはシュールレアリズムの世界に大きな影響を与え、新しい風を吹かせた偉大な画家です。

また、それと同時に奇人ともいわれており、その面でも大きな話題になりました。

そんなダリの素晴らしい作品を是非皆さんも調べてみてください!

おすすめの記事